和楽器である『笙』について、前回は鳴らせる音とそのコードである「合竹」の音と組み合わせについての触りを書きましたが、今回は笙を音色としてより使えるイメージを持つため、一歩踏み込んだ理解をしてみたいと思います。
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笙の手移り
まず、笙の手移り(運指)について見ていきます。
ただこの記事では実際の笙を吹くわけではなく、「DTMなどで和風の曲を作るための自然な笙の使い方」を知ろうという方向性なので、運指というよりは、それぞれの指が担当する音を知る形といった方が適切かなと思います。
竹は、順番に、「千十下乙工美一八也言七行上凡乞毛比」と、ぐるりと円を描いて、並んでいます。
右手の人差し指で押さえるのが「比(ひ)、乙(おつ)、下(げ)」の竹。
右手の親指で押さえるのが、「千(せん)、十(じゅう)、工(く)」の竹。
左手の親指で押さえるのが「美(び)、一(いち)、八(はち)、言(ごん)」の竹。
左手の人差し指で押さえるのが「七(しち)」の竹。
左手の中指で押さえるのが「行(ぎょう)」の竹。
左手の薬指で押さえるのが、「上(じょう)、凢(ぼう)、乞(こつ)」の竹。引用:築山桂オフィシャルサイトより
これをドレミファソラシド(CDEFGAB)の表記にすると、
- 右手人差し指:比=C6、乙=E5、下=F#5
- 右手親指 :千=F#6、十=G5、工=C#5
- 左手親指 :美=G#5、一=B4、八=E6、言=C#6
- 左手人差し指:七=B5
- 左手中指 :行=A5
- 左手薬指 :上=D6、凢=D5、乞=A4
という風になります。基本的には「一指一音」と考えていきます。
これにより「七」と「行」は指固定音であることがわかりました。この七(ラ)と行(シ)は全ての合竹で使われていて、合竹の主軸とも呼べる音と考えられます。これについては後述します。
手移りを色別で図にしてみるとこういう感じに。やはり図にした方がわかりやすいですね。「也」と「毛」は鳴らない前提です。
また、笙の各合竹の手移りについては穴守稲荷神社さんのサイトにある教則用資料が参考になるかと思いますので、リンクを貼っておきます。
- 穴守雅楽会のページ一番下の教則用資料、楽譜:鳳笙の音取のPDF
笙という楽器の役割についてあれこれ
以下、笙の奏者であり、製作者でもある工房 西塔さんの「笙の研究」からの引用を中心に、笙についての理解を深めていく形をとっていこうと思います。
笙の音としての雰囲気
篳篥の音を笙の音が包み込んで天空へいざなって行く、その先導をするのが龍笛なのだ、という気がします。
雅楽の三管は、
- 篳篥:主旋律を担当
- 龍笛:主旋律もしくはその装飾(副旋律)を担当
- 笙:その背景を和音で担当
という風にそれぞれの役割を持っているわけですが、雅楽では笙は篳篥の音に合わせて付いていくことが自然な流れのようですね。合竹などの和音で鳴らす場合は、曲全体を包み込むように上の方で鳴っているポジションが基本的には具合が良いようです。
笙の抑揚について
笙の吹き始めは静かに息を入れ、音が出るに従って強く吹くのは「先端をゆっくり動かしながら、その動きが厚みのある部分へ伝わって行くようにしているのです」(中略)一拍目はPPで、徐々にクレッシェンドし、四拍目がf かffになります。(中略)太鼓の「ズン」が鳴り、四拍目あたり、つまり「付所」の一拍前あたりから笙の主管が吹き始め、続いて皆が一斉に吹き始めます。 笙を構えるのは「付所の一小節前からゆっくり持ち上げ、三拍目の太鼓のズンのときに口に届くように」
雅楽では、楽譜の合竹もしくは音程の横に「●」黒丸が付いており、そこが太鼓の鳴る場所という意味で「付所」と呼ぶそうです。上記の内容を打ち込みで簡単に表現するとしたら、
こういう感じでしょうか。上画像では60が小節の頭で曲の入りだとしたら、実際に笙の音が鳴るのはその少し前からで、小節に入り段々音が大きくなり4拍目辺りで一番音が大きくなる。
笙の抑揚に関しては、雅楽の曲など実際に演奏されている曲を聴いて、自分の耳で自然なところを覚えていく必要はありそうですが、笙の音の入りはとても静かであるということを基本としてここでは押さえておきます。
蝉の声について
笙という楽器は、基本的には単音で吹く楽器ではありません。なぜならば、単音では蝉の声にならないのです。
これは「雅楽での本来の笙の使われ方」ということですね。そしてこの「蝉の声」という部分は、
明治時代の多忠龍楽師の書物に「蝉がジェージェー鳴いている中にチィーッという高い音が聞こえる。それをねらって作る」と記してあります。つまり、実音ではなく共鳴音ということです。(中略)
七・行の音がなぜ通奏音なのか、なぜすべての合竹に七・行が含まれているのか、ということを考える必要があります。この七・行が蝉の声を誘因するに違いないのです。
七(A5)と行(B5)の音は前述の通り、全ての合竹に含まれている音です。前回の笙の記事では単純に合竹の大まかな特徴として「全音間隔の組み合わせによる響き」と書きましたが、どうやらこの七と行の音が笙の合竹のキーとなるようです。
次に「七と八」の音を合わせて吹き、同時に鳴り出すようにするのがバランスです。バランスが良ければ、静かに吹きながら耳を澄まして聞きます。七の音でもない八の音でもない別の音が「チィーッ」と鳴っていたら、それが蝉の声です。聞き分ける方法は「八」を鳴らしてその音を意識しながら「七」を加える。「八」より高い音が鳴るかどうかということです。
七はB5、八はE6。完全4度の間隔ですね。笙のこの音程はかなり高いところに位置しますが、この二つの音で新たな音、つまり七と八を同時に鳴らして共鳴音が発生すれば古代の笙による蝉の音の再現が出来るということでしょう。
DTMではこの辺は自分の作るスタイルやジャンル、手間などで作りこみも変わってくるとは思いますが、笙の知識としては押さえておきたいポイントですね。
合竹を七と行を基本に分析してみる
笙の和音は基本的には十種類で、そのいずれにも「行(A)」ど「七(B)」の二つの音が通奏音として入っています。
その十種いずれもが「行」を中心にした3度5度8度に該当する協和音と、「七」を中心にした3度5度8度に該当する協和音との二種類を一つに合わせたものです。
とのことなので、まず最低でも全音間隔で開いている合竹「乞」を例にとってみます。
合竹「乞」の構成音は、乞(A4)、乙(E5)、行(A5)、七(B5)、八(E6)、千(F#6)。
ここで、行・七それぞれから各音を見てみると、
- 行(A5):乞(A4)は1オクターブ下、八(E6)は完全5度上、乙(E5)は完全4度下。
- 七(B5):乙(E5)は完全5度下、千(F#6)は完全5度上。
・・・なるほど、行と七の音を基本に考えると西洋音楽の考えと一致します。そうすると合竹はその行(A5)系和音、七(B5)系和音という二つの和声(コード)を同時に鳴らすことで共鳴音が重複されて神秘的な音となっているという考え方が出来そうです。
次に半音間隔のある合竹「下」を見てみます。
構成音は下(F#5)、美(G#5)、行(A5)、七(B5)、上(D6)、千(F#6)。
ここで、行・七それぞれから各音を見てみると、
- 行(A5):下(F#5)は短3度間隔。
- 七(B5):下(F#5)は完全4度下、美(G#5)は短3度間隔、上(D6)は短3度間隔、千(F#6)は完全5度上。
という風に、一見不規則に見えていた合竹にもきちんと音の配列から、確かな意味を感じることが出来ました。
ここで、引用先から
ところが「工(C♯)の一音だけは「行」列に対しても「七」列に対しても不協和音です。この「工」の音が入った「工和音」は本当の不協和音になります。
とある通り、合竹「工」は10個の合竹で唯一半音の重なりも2箇所あり、かなり刺激的な音となっています。
かなり綺麗に聞こえる「乞・一・凢・乙・行」は全音間隔で最低でも離れていて、初聴きはちょっと違和感のある「下・十・美・比」は半音の重なりが1つなので、C#5を基点とした「工」は合竹の中でも一番の不協和音の合竹といえそうです。
ただ、合竹「工」の構成音を見てみると、工(C#5)、凢(D5)、乙(E5)、美(G#5)、行(A5)、七(B5)。完全5度の美(G#5)が入っていて、濁っていながら綺麗には聞こえるという形はきちんと取ってるんですよね。それに乙と工、美と七は短3度(長6度)と相性も良く、真横でぶつかりながら音の統制は一応取れているとも言える。
そしてこの合竹「工」は、越殿楽・五常楽急(ごしょうらくのきゅう)・皇麞急(おうじょうのきゅう)の三つの楽譜に出てきているので、刺激担当としてはむしろ大活躍の合竹という印象があります。合竹の傾向などは、雅楽の曲や楽譜を見て経験値を積んでいくしかないですね。
合竹の各音のバランスについて
笙の「和音」を「合竹(あいたけ)」といいますが、「合」ですから共に出る音が対等でなければ、つまりバランスが良くなければいけません。
良い笙は、竹の音の鳴るタイミングと音の大きさもなるべく均一であることが望ましいようです。DTMではこれは好都合な点ですね。クオンタイズとベロシティに小さい範囲でランダム化を掛けるだけで良さそうです。
ただ、動画などで笙の合竹の音の鳴り出しを聴いていると、若干アルペジオっぽくバララッと入って聞こえてくることがあります。引用先では良い笙の基準からこれを「あまりよろしくはない」と述べられていますが、逆にDTMでは均一すぎてしまうので人の味として音のバラつきを加えた方がよりそれっぽい雰囲気は出そうです。
サンプル①:音の発生タイミングベタ打ち
なんかそもそもアタック無さすぎるような・・・なんだ、笙っぽくない。なんだろう。
サンプル②:音のタイミングずらし
あれ、結構ずらしたつもりなんだけど、頭の音量が小さいからかアタックが遅すぎるからか、あんまりバラッと入らなかったですね。他の音入ったらわからないというか、散らした意味ないレベルのような。
サンプル③:アタックとエクスプレッション微調整&ついでに合竹代えてみる
ああ、やっとバラつきはそれっぽくなった気がする。でも色々動画で聴いてきているせいか、この音あんまり笙っぽくなくなってきた気がするというか、イマイチじゃないか・・・?
次作る曲にこの音色を使って混ぜてみて、違和感あったら作り直そう。
雅楽のテンポは非常にゆっくり
そして以下は、引用先の工房 西塔さんの初心者の方に笙を鳴らすための基礎練習ということで記載されてあった内容からとなります。
時計の秒針を見ながら、一行(越天楽の八小節)を一分で吹くのです。吹いて吸って15秒、ズレがあってもかまいません。おおむね一行一分です。
雅楽は、ゆったり吹き始めて少しずつ早くなりますが、一行一分と思って練習しておけばたいがい対処出来ます。
これは雅楽の概ねの目安を知れるという意味では大変ありがたい内容。8小節60秒というのは、テンポで言うとBPM32。雅楽の楽曲がとてもゆっくりであることは体感理解はしていましたが、今までこの数値は見た事なかったのでちょっとびっくりしました。
そして32というのは2の5乗。どこか神秘の香りがしますね!(しませんか
気替えについて
笙には息継ぎという考えは無く、「吸う・吐く」の呼吸をしながら常に音を出し続けることが出来ます。この「吸う・吐く」の息を変えることを「気替え(きがえ)」といいます。
気替えに関しては、「一小節目4拍を吸う、次の二小節目4拍を吐く」という呼吸の時もあれば、一小節内に合竹が複数ある場合、その小節内で気替えを行ったりもするそうです。
DTMの打ち込みには特に関係はありませんが、気替えを行う前後での音の強弱の変化を知っておく分には損はないかと思い、メモ用に書いてみます。
楽譜に出てくる「引」について
「引」に関しては、宮内庁楽部の先生方は「苦しければ目立たないように気替をすればよい」と教えてくれます。ただ、四拍の息遣いで八拍吹ける道理はないので、「引」は音は小さくなるものと思って下さい。
これは笙の打ち込みには関係ないかもしれませんが、雅楽の笙の楽譜を見ると、合竹ではなくたまに「引」と書かれていて、これなんだ?と思っていた自分用の備忘録です。
手移りの流れ
曲に入り、指を二本以上動かすときは、高い音からはずして行き、先発の指が下げ終ってから次の指が動き始めるようにします。
例えば、越殿楽や五常楽急の楽譜に出てくる「十-下」の合竹などは、6音中2音を手移りで変える必要があります。
画像では音源の兼ね合いで本来より1オクターブ下げていますが、「十-下」では、E6→F#6、G5→G#5となるので、一本目の指で押さえている想定のE6を離してからF#6を押える(鳴る)と同時に、二本目のG5を押えている指を離しG#5に移る。こういう流れですね。
ただこれは、引用先では「初心者の為の基礎練習」とあり、こちらの「歌舞管絃」さんの笙のページには手移りの順序にはルールがきちんとあるとのことで丁寧に記載もされていました。
打ち込みでは実際の手移り等イメージしづらいところはあるかとは思いますが、脳内で「これはこう動く」と意識するだけでも大分違うはずなので、その参考資料にということでリンク記述しています。
まとめ
今回の『笙』について学んだことをまとめてみます。
- 指の押える箇所は上図を基本
- 曲全体を包み込むように上の方で鳴っている感じ
- 音の鳴り始めはとても緩やか
- 七・行の音は10個の合竹全てに使われている通奏音
- 七・行の音は合竹の大事な部分
- 笙の響きは蝉の声
- 蝉の声は共鳴音で表現
- 雅楽のテンポは非常にゆっくり
- 各音の大きさ・タイミングはなるべく均等が良い
雅楽は日本伝統の音楽であり、また合奏が主体であることから、こうして独学で学んでいくのが難しいジャンルかもわかりません。雅楽の会それぞれに伝わっている部分もあるでしょうし。
ですが、どう転んでも理解が深まることには変わりない。それに曲を作る時「早速あの奏法試してみるぜ!」みたいに燃えてきて凄く楽しいんですよね。
まだ調べたいことが沢山あるので、これからも楽しみです。
それでは、今回はこの辺で。